まちを歩いていて改めて思ったこと。「市議会議員なんて要らないんじゃあないの」「もっと数が少なくていいわ」「税金の無駄遣い」という声が多いことです。反面、「市議会議員にはいろいろお願いさせてもらうわ」「あなたが変えてほしい」という形での期待の声も聞きます。
議員数の多寡については検討の余地があると思いますが、「なくてもいい」と言われると、ちょっと待ってください、それでは政治が「暴走」する芽を作ることになるかもしれないですよ、と反論したくなります。後者については、「お願い」や、私個人の意見で政治を変えるのではなく、変えられるのは、市民ひとりひとりが意見を出し合って、それがおおきくまとまったときではないかと思います。府中で暮らすわたしたちの生活を変えたいと思ったときには、「変えること」にあきらめの気持ちを持つわけにはいきません。
議員は「政治」にまとまった声を届ける役目、橋渡しの役目です。生活者ネットが議員を「代理人」と言う意味もそこにあると、わたしは思っています。
先日2月26日に市議会「厚生経済委員会」を一市民として傍聴してきました。私には、討議項目の一覧しか配られませんでした。「第○号議案 心身障害者福祉センター条例の一部を改正する条例」や「第○号議案 国民健康保険特別会計予算」といった項目のみが記載されたものです。
委員会の中での市職員と議員とのやりとりには、興味深いものがありました。「国保の滞納者」とはどんな人たちか、どう対応しているのかといったやり取りです。しかし、議事録は取られていないし、公開もされないということです。今後、府中市でも高齢者は増える、払えない人たちは増えるだろうという予想のもとでは、財政上、近い将来逼迫した問題になるだろうと思われるのに、その議論は危機感、切迫感が感じられないものでした。しかも市職員の予算の説明が、○○費◎◎円…というメモの棒読みが延々と続いて、聞いている側はため息も出ます。せめてあらかじめ説明事項はメモでも配布して、もっと実のある議論をしてほしいと思いました。
これでは、市民が、市政を身近には感じられるはずはありません。「議員は要らない」とか「議会を変えてほしい」という声にもなるのも当然です。一人でも多くの人が政治を身近に感じることができ、自分自身の問題として議会へ声を届けることができるよう、私たちは議会改革を進めていきます。