「原発」のない社会を創るには、地域で何に取り組まなくてはいけないか?

6月10日 映画「シェーナウの想い」上映会のおさそい

「原発都民投票」条例を求める直接請求活動は、法定数を大きく超える賛同があつまり、いよいよこれから、都議会の審議に注目が移ります。
 この運動にかかわって感じたのは、一方で、たくさんの方から「じゃあ、原発なくて大丈夫なの?」という声です。

 原発が稼働していない現在、以前から原発はいらないと訴えてきた運動が提起してきた「大電力会社の独占と情報隠蔽の仕組みを変える」ことでかなり問題解決できる、原発を動かすことによる負担はあまりに大きい、という論理は市民権を得つつありますが、それでも、原発のない社会創りの課題は大きいです。チェルノブイリ原発事故以降の原発反対運動の軌跡を振り返るにつけ、反原発の声を国に、電力会社に訴える活動と同時並行して、原発がなくても大丈夫という、「脱原発社会」にむけた、オルタナティブな提案と実践が必要なのだと痛感しています。

ドイツのシェーナウという南部の小さな町の「エネルギー自立」に向けた長年の運動の歴史を描いた「シェーナウの想い」という映画(ユーチューブでも確認できます)を見てきました。

チェルノブイリ原発事故をきっかけに「自然エネルギー社会を子どもたちに」という想いから、90年代にドイツ史上初の市民による市民のための電力供給会社を立ち上げ、発電と送電の権利を得ようと、大電力会社(東電のような)に挑んだ市民の運動で、ドイツの脱原発、自然エネルギーを国全体が志向するきっかけとなった貴重な記録です。
ドイツの電力会社が日本より「マシ」なのではなく、大資本や国の考えることは変わらないのですが、目的と意思が強固な市民の運動で、ドイツの脱原発の道筋が、大変な苦難を経て得られたのだと納得しました。

いま、日本でもようやく、電気の一見自由化の動きがありますが、電力会社が簡単に利権を手放すことはないでしょう。本質を見失うことなく、電気を創る権利、使う権利を大電力会社から市民が奪う道筋を、ともに地域で創るしかないのだと思わされる映画でした。
 
そこで、「原発都民投票」条例を求める直接請求活動に府中で取り組んだ団体が、この映画の上映会を企画しました。6月10日午後1時半から、ルミエール府中です。ドイツのエネルギー政策とその歴史に詳しい、弁護士の千葉恒久さんのお話も同時に企画してます。課題を分かりやすく説明され、映画の背景がよくわかります。ぜひ、予定に入れてください。