映画「原発のまちを追われて〜避難民・双葉町の記録」を見て

最後の避難所である騎西高校を描いた貴重な記録でした。

映画「原発のまちを追われて〜避難民・双葉町の記録」(制作 堀切さとみさん)を見ることができました(「双葉町の人々の2年7か月を知る11・2集会」、主催「東電前アクション」、東京しごとセンターにて)。

「できるだけ放射能の危険性から町民を遠ざけたい」と、埼玉県の騎西高校に避難した人々の、ほぼ1年間の記録でした。県外避難をしたのは双葉町だけで、当時の井戸川克隆町長の判断への批判は今でもあります。映画は避難所での人々の様子を堀切さんの注釈を加えず淡々と描いていますが、「県外に避難した人は、いまでも福島では非国民扱いだ」と訴える女性のシーンに、双葉町の人々のさまざまに翻弄された思いが表わされていて、衝撃を受けました。ちょうど同じ11月2日の朝日新聞夕刊に「最後の避難所 去るも残るも」という写真の記事がありました。1400人に上った町民で今残るのは37人と伝えていました。

上映後、堀切さんと井戸川克隆さんのトークがありました。

井戸川克隆さん


さまざまなメディアで情報を得る時代ですが、やはり直接、井戸川さんの「いまだに放射能を浴びた自分への県民健康調査の話は来ない」「おりしも帰還断念の方針が出そうだが、政府はその前にこんな目に遭わせた謝罪をしていないし、私たちの声は一度も聞いていない」「ひとがいるだけではまちではない。文化があり、自然があったのだ。墓も神社もあって初めてまちなのだ。それをかえすことを誰も考えない」という怒りに満ちたお話を聞いて、無自覚を恥じました。「帰還断念方針」「中間貯蔵施設」などの重い課題を引き受けざるをえなくなることの不条理を、私たちもともに考えなければ、また押し付けるだけになってしまう…と思います。

いよいよ4号機の燃料の搬出という困難な作業が開始されます。「何かあったら」の不安が付きまといます。9月22日に「逃げ遅れる人々」上映会を府中で開きましたが、そこでお話しいただいた田村市の鈴木絹江さんが「4号機で何かあったら福島のひとは、北海道か西日本に避難することを考えている」と危機感を込めて述べられていたことを思い出しました。